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他人との比較9
2019/03/25 20:07

【部会長ブログ】


皆様お疲れ様です!


年度末で、本業以外のいろんな依頼が増え、時間に追われる日々でございます。こうした日々を過ごせることは、ありがたいことですが時間の管理をしっかりとしていかないと、ストレスが溜まってしまいそうですね。

ちっぽけな脳みそなのでキャパを超えて、いろいろすべきことを忘れています(汗)

さて、今日も続きです。
今日は核心に迫る内容を書こうと思います。

「他者は、あなたの期待を満たすために生きているのではない」

他者との比較に意味がないと書き続けてきましたが、アドラー心理学で有名な岸見先生の言葉です。不勉強で大変申し訳ないのですが、アドラー自身の言葉かもしれません。

自分の期待通りの言葉がもらえないときや、行動をしてくれないときは、承認欲求が満たされず不満が募ります。

軽んじられているような気さえしてしまうことがあると思います。

しかし、他者はコントロールできませんし、そもそも自分の期待を満たすためにその人の人生があるわけではないという、当たり前のことを知っていたら不満を持つことのほうが理不尽ではないですか?

改めて言われると当たり前に思えることも、実は日常の中では忘れてしまいがちです。

そして、ついつい他人を自分のものさしにして比べてしまうのだと思います。

「自分だったら」とか「普通はこうする」とか。

もし意に反するような言動があれば、話し合えば良いだけのことですが、そこでも工夫が必要です。

理解してもらいたいという思いの前に、相手を理解しようとする努力が必要なんだと思います。

「理解してから理解される」

これは、7つの習慣という大ベストセラーを書いたスティーブン・R・コヴィーさんの言葉です。

反発する人のことを理解しようとすることは、なかなか難しいことかもしれませんが、どちらも硬い心のままでぶつかると関係が壊れてしまいます。

自分が柔らかい心でいられたなら、硬い心も吸収できるかもしれません。

常に。とまではいかないまでも、柔らかい心を持ちたいものですね。

 
他人との比較8
2019/03/24 12:07

【部会長ブログ】


皆様お疲れ様です!


今は滋賀県からの帰りの新幹線の中です。新大阪で乗り換えた時にホームの安全確認のため、4分くらい発車が遅れたのですが、たった4分の遅れで不満を言い出す人がいて驚きました。

余程急いでいらっしゃったのかもしれませんが、4分の遅れで不満が出る日本の新幹線ってほんと凄いですよね。

滋賀では、とても貴重な時間を過ごさせてもらいました。青年部会OBの福岡さんと、市村歴代と3人で食事もできて最高に嬉しかったです。この時間についてはまた改めてブログで書こうと思います。

さて、今日も続きを書きます。今日のポイントは

「人は誰しも皆、不完全である」

皆んな不完全であるということを知っておくと、ずいぶん楽に生きられると思います。

自分に自信がある人は、他者の不完全さを感じた時に責めてしまう傾向があるらしいです。

不完全さとは。

間違った行動をしたり、忘れていたり、遅れていたり。

期待通りの言葉が返ってこなかったり、期待と違う行動をしたり。

こんなことって、普通に日常であると思います。家庭の中でも、職場でも。

でも、そんな時、自分が「まとも」で相手が「ダメな人」だと無意識に思ってしまうと、相手を責めてしまいがち。

自分にもそうした不完全さがあるにもかかわらず、ミスに着目してしまう。

ひょっとしたら、たくさん「していただいていること」もあるかもしれないのに。

優秀な人(だと思っている人)ほど、部下にも完璧を求めがち。そうすると部下は期待に応えることを諦めてしまうこともあります。


人と比べてどうだとか、人の評価がどうだとか。

自分の人生を生きるためには必要のないことで、それよりも「人は皆、不完全である」ということを知っていれば、ミスを許容し、自らの教育不足に気付けるかもしれませんし、自分の不完全さにも気付けるかもしれません。

不平や不満の背景には、「自分だったら決してそんなことをしない、言わない」というものがあります。

人は皆、考え方も違い、育った環境も違います。そして不完全。

であれば、不平や不満を言う前に自分の関わり方を変えてみようという気持ちになれたら良いのかも。

そんな風に思います。

 
他人との比較7
2019/03/23 12:22

【部会長ブログ】


皆様お疲れ様です!


僕は今、滋賀県に向かう新幹線の中です。以前の反省を活かし、時間に余裕を持って行動したことで、丁寧な対応ができましたし、駅弁の予約ができることも知りました。

何事も余裕を持って早めの行動に限りますね。


さて、今日も続きですが、出かける前にテレビのニュースでやっていたイチロー選手の会見のコメントが心に刺さったので共有させていただきます。

以下、会見文字起こし抜粋
※※※※※※※※※※※※※※※※※※

先ほどもお話ししましたけれど、人より頑張ることなんてとてもできないんですよね。

あくまでも、秤(はかり)は自分の中にある。それで、自分なりにその秤をつかいながら、自分の限界を見ながら、ちょっと超えていく…ということを繰り返していく。

そうすると、いつの日か「こんな自分になっているんだ」っていう状態になって。だから、少しずつの積み重ねでしか、自分を超えていけないというふうに思うんですよね。

一気に高みに行こうとすると、いまの自分の状態とギャップがありすぎて。それは続けられないと僕は考えているので。

まぁ、地道に進むしかない。進むというか、進むだけではないですね。後退もしながら、後退しかしない時期もあると思うので。でも、自分がやると決めたことを信じてやっていく。

でも、それが正解とは限らないんですよね。間違ったことを続けてしまっていることもあるんですけど。でも、そうやって遠回りすることでしか、本当の自分に出会えないというか、そんな気がしているので。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

あくまでも、秤(はかり)は自分の中にある。という言葉、連日「他人との比較」をタイトルにブログを書いてきた今のタイミングで聞けて、ものすごくグッときました。

やはり、目的が明確にあって、そこに向かう為の秤(はかり)を自分の中に見出し、遠まわりしながらでも進んでいく。

そうした大切なことに気付けていらっしゃったからこそ、コツコツとした努力が続けられたのかもしれませんね。

同世代のイチロー選手の引退は、やはり寂しいです。
こうした時期がいつか来ると分かっていたとはいえ、寂しいものです。

多くのファンに応援され、チームメイトや元監督にも引退を祝福されるイチロー選手は、まぎれもなく多くの人に応援される人で、他者の力を集めることができる人なのではないかと思います。

どれだけ正しくても、応援されなければ意見を出す場所にさえ立てないことがありますから。

 
他人との比較6
2019/03/22 21:16

【部会長ブログ】


皆様お疲れ様です!


いきなりですが、イチローが引退を表明しましたね。

イチローの引退表明によって、今更ですが彼の実績の凄さに気付かされます。

以前に、といってもかなり前のことですが、イチローの名言集のようなものを見つけて友人に勧めたことがあります。

喜んでくれるかなと思って勧めたのですが、その友人は

「イチローを見ていると辛くなる」

そう呟いたのです。

驚いた僕は、その理由がなぜなのか聞いてしまったのですが、「イチローが凄すぎるから自分と比べてしまうと辛くなる」ということでした。

特に、名言集では素晴らしいことばかりが書いてあります。ごもっとも!なるほど!というものが名言集ですので当たり前ですが、それを読むのは辛いと。

そう言われてみて気づいたのですが、僕も落ち込んでいる時などに正しい理屈を並び立てられると余計に落ち込んでしまうかもしれないと思ったのです。

ですが。

今回の引退表明において、いろんな方がイチローは才能の人ではなく、努力の人であると言っています。

間違いなく誰よりも努力を積み重ねた人だと。

そうなんです。僕たちはイチローの華やかな面ばかりをニュースで見聞きしているので、彼の裏側にある努力や辛さなどを知りません。

これは、イチローだけに限った事ではなく、SNSで様々なことを発信していらっしゃる方々においても同じ事が言えるのではないかと思います。

SNSでは、楽しそうにしているところやインスタ映えするような投稿がメインに上がってくるので、イチローほどではないにしても華やかに見えることが多いものです。

そうした情報で他人と自分とを比べてみても全く意味のないものです。

表面上だけの情報なので。

でも、もしSNSなどの情報に嫉妬するような情報があれば、それはヒントだと思ってください。

自分が深層心理で、そのような状況に憧れを抱いていたり、なりたい自分の先を行っている人の姿かもしれません。

だとしたら

あぁ自分はこんなふうになりたんだ。って思えませんか?

そんな風に思考をシフトすることができたら、他人との比較ではなく、自分の目的のヒントになるのではないかと思うのです。

いずれにしても、表面上で他人と比較することは意味のないことですし、あのイチローですら誰よりも努力してきた努力型の人なんだと気づけたら、ずいぶんと楽になるような気がするのです。

 
他人との比較5
2019/03/21 17:29

【部会長ブログ】


皆様お疲れ様です!


今日は都内から戻ってきて、地元山口にいます。春分の日らしく、20度以上もあるので本当に春が来たようです。

さて、今日も「他人との比較」の続きです。

これだけ毎日書く理由は、他人との比較を知らず知らずのうちにしてしまっている人が僕を含めて多いと思っているからです。

誰もが幸せになりたいと思っているのに、自ら不幸の種をまくような行為をしていても気づかない人が多いそうです。

他人との比較もそのひとつ。

幸福感や優越性を求めて、他人と比較をしても自分が変われるわけでもありませんし、成長しているわけでもありません。

一時的な安堵感のために、自分より環境に恵まれていない人などと自分を比べても意味のないことです。

ですから

「比べるなら過去の自分」

昨日より今日。今日より明日。というふうに、過去の自分より成長できるように比べることができたほうが、ずっと建設的だと思います。

そうして懸命に自分の目的のために努力を重ねていくと、周囲の人の対応も変わってくるのではないかと思います。

今ある環境は全て自分の選択と行動の結果である。

なので、不平や不満があってもそれらは全て自らが招いたことなのだと思います。

人は困難に直面すると、その原因を自分ではなく、外に求めたがります。

しかし、外に原因を求めている限り自分も組織も成長しません。

自分を変えられるのは自分だけ。

自分の人生の経営者は、自分自身です。

なので、無意識でも他人と比較してしまいがちな時は、「過去の自分」と比較するように意識を変えてみてください。


僕もそうします。

そうした日々の積み重ねが人生そのものになるのですから。

 
他人との比較4
2019/03/20 11:01

【部会長ブログ】


皆様お疲れ様です!


今日は都内にいます。日車協連(親会)の理事会に参加するためです。本年度最後の理事会ですし、次年度の予算案審議もあるので、しっかりと主張すべきことは主張し、自重すべきところは自重して、会の運営が円滑かつ、組合員の皆様の未来に繋がる時間にしていきたいと思います。

さて、今日も「他人との比較」の続きを書きます。

昨日のブログで、応援されやすい人は「目的に向かって懸命に頑張っている人だ」と書きましたが、今日は

「自分の目的に向かって頑張ること」

がとても大切だということを書いてみます。

そんなの当たり前。だと思いますが、そう言わずに読んでみてください。

目的の明確化シートの第一弾でも述べていますが、目的を明確にすることは、あらゆる場面で大切なことだと思っています。

今回のブログの本筋である、「他人との比較」においても核になる部分であると思います。

幼少期から、徒競走や学習でのランク付け(通知表など)などで、比較の基準になるような仕組みとたくさん出会い、自分の位置を気にする文化があります。

平均より上だとホッとして、平均より下だと不安になるような感じでしょうか。

では、そんなもの取っ払ってしまえ!と徒競走を廃止したり、テストで順位発表することをやめてしまえば、他人との比較をしなくなるのかといえば、そんなこともないと思います。

向上心を持ち続ける為にも、自分の頑張りを結果として知る為にも必要なことであると個人的には思っています。


ただ。


目的を明確にしていないと、親の機嫌をとる為のテストになっていたり、優越性を感じる為だけの取り組みになっていると、他人と比較して安堵したり不安になるだけで終わってしまうと思います。

大切なのは

「誰かの為の取り組みではなく、自分の為の取り組み」

であることだと思います。

「自分の為の取り組み」にする為には目的が必要ですよね。それがないと、「やれって言われたから」などと他責にしてしまったり「だからやりたくないと言ったのに」など、本来やりたくもなかったという防衛本能が働いてしまう結果になります。

また、自分の得手不得手を事実として受け入れることも大切だと思います。

例えば、徒競走が得意じゃなくても、長距離走が得意な人はいます。先天的に得意じゃなくても、努力した結果、長距離走が平均よりずっと早くなる人は実際にたくさんいます。

こうした得手不得手を知る為にも、競争をして自分の位置を知ることは大切なことだと思います。

誰の為に?


もちろん、自分の為に。

そこに目的がともなっていれば、他人と比べる必要なんて無くなるのかもしれません。

 
他人との比較3
2019/03/19 21:20

【部会長ブログ】


皆様お疲れ様です!


今日も懲りもせず、「他人と比較しないで楽に生きる方法」を書いてみようと思います。

3万人を超える読者の皆さんからの反応は特にありませんが、書き続けてみようと思います。

(3万人は冗談です。読者がいるのかさえ不明:汗)


今日お伝えしたい内容はこちら。

「他人は競争相手ではなく、応援者である」


いろんな育ってきた環境の違いや、出会ってきた人とのご縁によって、人それぞれ思考に癖がついてくるものです。

ですから、勝たなきゃ意味がないという思考の癖がある方は、負けん気が強く努力家で、成功気質だとさえ言われていますが、その反面うまくいかないことがあると、落ち込みも激しいのです。

特に得意分野で、自分の壁にぶつかると、下手すると何もかもがどうでもよくなってしまったりする人もいるらしいです。(恐ろしいですね)

こうした人は、常に自分を人と比較していて、安堵と不安を繰り返すので意味もなく疲れます。

そして、他者からの評価もすごく気になるのだそうです。

僕には上記に書いたような傾向があります。すごく負けず嫌いで、得意分野で上手くいかないことがあると落ち込みが激しいですし、他者からの評価も気になります。

なので、僕と同じような方がいらっしゃった場合は、他者を競争相手ではなく、応援してくれる人だと思えるようになると楽に生きやすいそうです。

どういうことかというと。

そもそも人は、ひとりでは生きていけません。
そして、ひとで出来ることには限りがありますが、応援してくれる人が増えていけば、無限の可能性が生まれます。

これは経営の師匠に教わった言葉です

「自力有限、他力無限」

繰り返しになりますが、自分の力だけだと限りがあるけれど、他力を集めることが出来ると無限の可能性があるという意味です。

他力、すなわち他者の力を集めることができれば(応援してくれる人を増やすことができれば)可能性はどんどん広がっていくということですよね。

自分の意見を押し通したり、他者の批判を繰り返したり、不平や不満を言ったり、愚痴をこぼしてばかりいると、誰も応援してくれなくなります。

敵はたくさん増えていきますが、仲間は去っていき、応援してくれる人などいなくなります。

ライバルや競争相手なども、相手の存在が刺激になり、相手がいるからこそ頑張れる。(自分の頑張りを後押ししてくれる存在)という関係性だと互いに高め合えるのではないかと思います。

世の中にはいろんな人がいますが、社会というのは、その中でも応援してくれる人がたくさんいる人が影響力を持つことができる仕組みになっています。

・自分の目的に向かって、懸命に努力をしている人。

・人からの支えを認め、少しでも返そうとしている人。

・誰かの為に、ほんの少しの損を引き受けることができる人。


そんな人が応援されやすい人だそうです。

たくさんの人に応援をされる人生にするのか、他者と比較して安堵と不安を繰り返す人生にするのかは、些細な思考の癖からきている差なのかもしれません。

でも、その差は人生において大きな違いを生むような気がしませんか?

 
他人との比較2
2019/03/18 20:31

【部会長ブログ】


皆様お疲れ様です!


昨日のブログで書いたように、書けるだけ「他人との比較」をせずに、日々を穏やかに楽しく過ごせるようにする為に心がけたいことを書いてみようと思います。

もちろん、他人との競争に勝って自信を付けてきた方もいらっしゃると思いますが、そこにおいても視点を変えて生きることが出来ればと考えています。

とはいえ、僕自身も他人と比較をしてしまいがちですので、自分に向けてのメッセージでもありまし、個人的見解も随分入ってますので、参考程度に捉えていただければと思います。

まず今日は

「自分がすでに持っている幸せに気づく」

ということを書いてみようと思います。

成長していくうえで、貪欲であることは大切なことですが、その貪欲さの前提条件として、今ある環境や、既に持っているもの、当たり前にある幸せに気づくことが大切であるということです。

なんだそんなことか。

そう思われる方もいらっしゃるかもしれません。

ですが、持っていないものを嘆くことより、今あるものの価値に気づいているほうが、幸せを体感しやすいと思うのです。

これは、自分に対してだけではなく、他者への欲求に対しても同じことが言えて

「してもらえてないこと」

にばかり目がいくと、大切にされていないとか、承認されていない、認められない、言ったことを聞いてくれない、サボっている、本気で働いてないなどのマイナスな面ばかり目立ってしまいますが

「当たり前にしてもらえていること」

に着目すると、実はしてもらっていることがたくさんあって、それに気づけてないことのほうが、もったいないことである可能性が高いと思っています。

なので

自分自身に対しても、無いものねだりをせず、今ある日常に埋もれがちな「当たり前にある幸せ」に、ちゃんと気づけることは大切なのではないかと思います。

もし


明日、命が尽きるとしたら


他の人と自分を比べてどうのこうのと、考えることも無いと思います。

そんな事を考える暇があったら、残された時間で「やりたいこと」に意識がいくはずだと思います。

何気ない日常が、当たり前にあるものがどれだけ「ありがたいものだったか」きっと気づけるはずです。


皆さんは、自分に残された時間が分かったとき。誰かと自分を比べる時間が欲しいと思いますか?

それとも、もっと大切な時間を過ごしたいと思いますか?

 
他人との比較。
2019/03/17 19:08

【部会長ブログ】


皆様お疲れ様です!


今日は久々にゆっくりとした日曜日を過ごさせていただきました。

また来週からしばらく週末の出張が続くので、今日の時間を大切に過ごせてよかったと思います。


僕には心から尊敬できる経営の師匠や、同業、異業種の先輩、同世代の人、後輩などたくさんいます。

それはものすごくありがたいこと。

そして、それは地元を飛び出し、全国の方々と触れ合えたおかげでもあると思っています。

その尊敬できる方々と接するに、やはり後輩とはいえ「大人だなぁ」と思えるような方々は

しっかり自分を持っていらっしゃいます。


自分を持ってるという言葉は、僕の感覚的な言葉なので、非常に文章にしづらいものでしたが、今日のんびりとした日曜日を過ごしているうちに、なんとなく気づくことができました。

それは

他人との比較で、自分を卑下したり、満たされたりしていないことなんじゃないかと思ったのです。

以前にアドラー心理学の岸見先生の講演を聴いて感想をブログに書いたこともありますが、他人との比較を繰り返す人生は、儚いものです。

とはいえ。

僕のような器の小さい人間は、どうしても他人と自分とを比較してしまいがちです。

そこで今日から、他人との比較をしないようにするためのコツを、僕なりに考えて書いていこうと思います。

もちろんいろんな文献を読んで学び得たものも含めて。

どこまで伝わる文章を書けるか分かりませんが、お楽しみに!!!



 
退化の前兆。
2019/03/16 20:56

【部会長ブログ】


皆様お疲れ様です!


今日は、読売新聞オンラインで見つけた記事が気になったので共有させていただきます。

「50m走で骨折、片足で立てず。子供の体に何が?」

という記事。

50m走で骨折?と驚いて読んでしまったのですが、意外と深刻です。

中学校で50mのタイム計測をしていたところ、20m付近で転んで動けなくったので病院に連れていき検査をすると、股関節の剥離骨折が発覚したそうです。

転んで骨折したわけではなく、筋肉の動きに骨が耐え切れず、剥離骨折して、その影響で転んだのです。

この他にも、雑巾がけで腕を骨折。跳び箱で腕を骨折。。。更には、上手くしゃがめなかったり、片足立ちができない子供までいるそうです。

もちろん全員が全員、そんなに運動能力が落ちていたり、骨がもろくなっているわけではありませんが、事実として、小学生のスポーツテストの統計では、30年間の経過を見ると著しく低下している項目がいくつもあるそうなんです。

僕は雑巾がけで腕を骨折とか、にわかに信じがたい状況なんですが、皆さんはどうでしょうか?

原因の一つとして、あげられているのが子供たちの遊ぶ環境の変化です。

骨格や体が出来ていく大切な時期に、ゲームばかりして外遊びをしない子供たちが増えていることや、実際に昔に比べて、外で遊べる環境自体が無くなってきていることが大きく影響しているのではないかと。

僕が子供の頃の話をしても仕方ありませんが、川幅がせまい川があれば、飛べるかどうか試して、川に落ちたり、高いところから飛び降りたり、空き地や公園で野球をやったり、ドッヂボールをしたり、いろんな遊びがあったので、学校での休憩時間も、家に帰ってからも汗びっしょりになって遊んでいた覚えがあります。

思い起こせば、ファミコンが世に出てきてから、外で遊ぶことが激減したように思います。

幼少期に、骨に刺激を与えることで(飛んだり跳ねたり負荷をかけること)骨が強くなる再生サイクルにスイッチが入るそうなんです。

でもスポーツを習わせているから大丈夫か。というと必ずしもそうでもなく、遊びの中で培われる「ワクワクドキドキ」するような体験を通じて、いろんな刺激を体に与えることが良いとされているそうなんです。

遊びながら、体の成長に寄与できる外遊びは最高なわけですが、今はなかなか外遊びができる環境も減っています。

更には、怪我をするからという理由で外遊びをさせない保護者もいます。

僕はソフトボールを小学生に教えていた時期がありましたが、昔と違って子供が怪我をすることに過敏になっている保護者が実際にいることを体感しました。

スポーツに怪我は多少なりとも付きものです。骨折とまではいきませんが、突き指や、擦り傷、打撲などはスポーツをやっていれば起こりうることですが、その程度の怪我で、辞めさせてしまう保護者は実際にいます。

心配なのは分かりますが、子供の心身の成長を妨げている可能性があるので、保護者としての知識も身に付ける必要があるのかもしれません。

結局は、大人たちがそんな社会を提供しています。

ちょっと大人しくていて欲しいから、少し自分の時間が欲しいからとスマホやテレビゲームを与える。

お菓子を与えておくと大人しくしてくれるからと、ついつい与える。

保育側や学校側もモンスターペアレント対策や保身のために、できるだけリスクを取らない方針に突き進む。

骨折するリスクがあるなら、やがては跳び箱も、50m走もなくなるかもしれません。

これは、進化してきた歴史を振り返ると退化です。

ロボットやAIに頼り出して、脳も使わずに何でもできるようになったら更に退化は進んでしまうかもしれません。

僕たちが本当に望んでいる未来はどんなものなのでしょうか?

経営は逆算だ。と教わりましたが、目的から目標を立て、何をすべきか考える流れは、人生においても、いろんな面で活用できる考え方だと思います。

今の世の中は、感情で過剰に批判をしたり、不満を口にする人が多すぎるように思います。

僕も含めてですが、もう少し目的を見据えて今何をするべきかが考えられるようになる社会にしていかないと、僕たちの業界を渡すべき次世代の子供たちが、自分の足で立って世の中を渡れないような時代が来るようになってしまうかもしません。

 
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